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福岡高等裁判所 昭和24年(う)1598号 判決 1950年6月23日

被告人

沢井公勝

主文

原判決を破棄する。

本件を佐賀地方裁判所唐津支部に差し戻す。

理由

弁護人田中廉吾の控訴趣意第一点について、

原判決によると、判示事実は論旨摘録のとおりであつて、被告人はかねて不仲であつて牧山安男と些細なことで互に反目した日の午後二時過頃再び同人と口論をした結果、「男なら岳山に來い」といわれて同日午後三時頃、岳山に行きそこで判示軍用帶劍を以つて同人に判示傷害を加えたというのであるからそれは決斗行爲による傷害の事実を判示しているようでもあり又見方によつては單純なる傷害の事実を判示しているものとも判読されるが、原判示事実をその挙示している証拠殊に牧山安男(檢第三号)並びに被告人(檢第十一号)の各供述調書の記載と対照して仔細に檢討すると、被告人の本件傷害行爲は被告人が牧山安男と合意の上で判示岳山で相互に身体を傷害すべき暴行を以つて爭斗したいわゆる決斗行爲による傷害にあたるものとも解されるので原判示事実自体を以つては未だ右いずれの事実を判示している趣旨であるのが頗る不明確であるといわねばならぬ。

そもそも有罪判決の理由事項として要求される罪となるべき事実は法令の適用を首肯させるに足る程度に具体的に判示しなければならないことは多言を要しないところであるから、決斗行爲による傷害と單純な傷害とも構成要件を異にする別個の犯罪事実であるにもかかわらず本件において前記のとおり被告人の行為が果して單純な傷害行爲であるのかそれとも決斗行爲であるかを明瞭にせず、ただそのいずれの趣旨とも解される程度にしか事実を判示していない原判決はこの点において法令を適用すべき罪となるべき事実を明確にしない審理不盡若しくは理由不備の違法があるものといわねばならない。論旨は理由があつて原判決は全部破棄を免かれない。

(弁護人田中廉吉の控訴趣意第一点)

原判決は理由第一に於て被告人は東松浦郡呼子町小川島西組巾着網の網子として雇はれ居り牧山安男は西組巾着網の株主牧山邦一の長男であつて被告人は予て安男とは不仲であつたところ偶々昭和二十四年十月二十三日は時化模樣の爲め被告人は安男其の他約六十人位と共に小川島波止場に於て網棚の修理をなしついで被告人は船より陸に網揚げ作業をして居たが同日午後二時頃安男は船より網の破れを発見したので被告人に対し「この破れは出しておいた方がよい」と注意したすると被告人は「お前は默つておれ俺が後で出しておく」と言つたので互に反目したが併し其の時は何事もなく其の儘別れた。然し同日午後二時過ぎ小川島漁業協同組合前において安男と出合つたので被告人は安男と前記の網のやぶれの事について更らに口論し其の結果安男が被告人に対し「男なら岳山に來い」と言ふたので被告人は小川島四五番地の自宅に予て所持していた旧軍用帶劍を持ち出し岳山に至り同日午後三時頃右岳山に於て右帶劍をもつて安男の左腹部を突き刺しよつて同人に対し治療約四十日位を要する刺傷を與へ

との事実を認定し刑法第二百四条を適用し傷害罪に問擬した。

原判決の右認定事実を見るに被告人と牧山安男とは予て不仲であり、昭和二十四年十月二十三日午後二時頃網棚附近での破れの事から口論をし同日午後二時過ぎ小川島漁業協同組合前に於て再び口論をしたが此の時牧山安男が被告人に対し「男なら岳山に來い」と言つたので同日午後三時頃両入は岳山に行き喧嘩の上本件傷害を加へたと言ふ事になる。

之を要約すると被告人は牧山安男から岳山に於て喧嘩をすべく申込を受け被告人は之に應じよつて岳山に至り本件傷害を加へたのである。

原判決の右判示事実は一面決斗の事実を認定した樣でもあり又單純な傷害罪の事実を認定判示した樣でもあつて何れの事実を認定判示したのか不明である。若し原判決の判示事実を以つて決斗の事実を判示したものと解すべまであるならば当然決斗罪所定の条項を適用すべきである。

即ち原判決は審理不盡理由不備の違法がある。

最高裁判所昭和二十二年(れ)第三〇三号同二十三年三月十六日第二小法廷判決昭和二十三年四月一日裁判所時報第七号二頁参照。

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